2009年2月24日火曜日

「アイランズ」キング・クリムゾン

原題:Islands

■「アイランズ」(Islands)収録







海に取り囲まれた大地、小川、木々
波がわたしの島から砂をさらっていく
夕暮れの景色が色あせていく
野原や空き地は ただ雨を待ち望んでいる
少しずつ少しずつ 愛はわたしの
風雨にさらされた高い壁を 浸食していく
わたしの島へと押し寄せる
海の水を防ぎ 風をあやしてくれた壁を

荒涼とした花崗岩がそそり立ち
そこからカモメたちが旋回し滑空し

わたしの島の上で 悲し気な鳴き声をあげる
夜明けの花嫁のベールは、湿って青白く
太陽の陽の中に溶けていく
愛の織物はつむがれる - 猫たちはうろつき ネズミは走る
手癖の悪い野バラは花輪となり
野バラにいるフクロウたちはわたしの目を憶えている
すみれ色の空よ わたしの島に触れておくれ
わたしに触れておくれ

風の真下で 無限の平和
波を追い返す
島々は天の海の下で 手をつなぐ

暗い港の埠頭は 石でできた指のように
どん欲に わたしの島から手を伸ばす
船乗りの言葉をかき抱くんだ - 言葉は真珠とヘチマとなって
互いに愛し合い 輪になって結びつきながら
わたしの浜辺にまき散らされている
大地、小川、木々は海へと帰る
波がわたしの島から砂をさらっていく
そしてわたしからも


Earth, stream and tree encircled by sea
Waves sweep the sand from my island.
My sunsets fade.
Field and glade wait only for rain
Grain after grain love erodes my
High weathered walls which fend off the tide
Cradle the wind
to my island.

Gaunt granite climbs where gulls wheel and glide
Mournfully glide o'er my island.
My dawn bride's veil, damp and pale,
Dissolves in the sun.
Love's web is spun - cats prowl, mice run
Wreathe snatch-hand briars where owls know my eyes
Violet skies
Touch my island,
Touch me.

Beneath the wind turned wave
Infinite peace
Islands join hands
'Neath heaven's sea.

Dark harbour quays like fingers of stone
Hungrily reach from my island.
Clutch sailor's words - pearls and gourds
Are strewn on my shore.
Equal in love, bound in circles.
Earth, stream and tree return to the sea
Waves sweep sand from my island,
from me.

Beneath the wind turned wave
Infinite peace
Islands join hands
'Neath heaven's sea.


【解説】
King Crimsonのデビューアルバム「クリムゾン・キングの宮殿」から一貫して歌詞を書き続けていたピート・シンフィールド(Peter Sinfield)は、この「アイランズ」を以てその役を降りることになる。まず音楽として聴いた時に、恐ろしく美しい曲である。

直前のインンストゥルメンタル曲「プレリュード:ソング・オブ・ザ・ガルズ(カモメの歌)」が、オーボエとオーケストラによるクラシカルな室内楽的な世界を作り上げ、落ち着いた心穏やかな雰囲気の中、アルバム「アイランズ」のタイトル曲にして最後の曲「アイランズ」がおごそかに始まる。

「アイランズ」というアルバムはメンバーが流動的な時期で、4人のプレーヤーに作詞と音響・映像担当のピート・シンフィールドという基本の布陣に、当時のジャズ界からキース・ティペットグループの5人のプレーヤーがゲスト参加している。この曲でもメル・コリンズ(Mel Collins)のフルートに加え、ゲストのロビン・ミラー(Robin Miller)のオーボエ、マーク・チャリング(Mark Charing)のコルネット(小型のトランペットのような楽器)が、曲の持つ悲しさ、優しさ、美しさを表現していく。

そしてピート・シンフィールド最後の心境を吐露したものかと思われる「アイランズ」の歌詞である。島である「わたし」は「高い壁」を作って海の侵入から身を守ってきた。孤独を求めて。しかしもう海はわたしの島を、そしてわたしを飲み込もうとしている。しかし「壁」を浸食していくのは「愛」である。

わたしは孤独を求めて来ながらも、今愛によって大きな海へと溶け込もうとしている。「すみれ色の空よ、わたしの島に触れておくれ わたしに触れておくれ」と「わたし」は言う。荒涼とした風景の中で、それでも「わたし」は孤独な「島」でい続けることに限界を感じている。そして夜明けの「すみれ色の空」に希望を見いだそうとしている。荒海に浸食されようとも、島々は海の底で手をつないでいることを信じようとしている。人々の「愛」を信じようとしている。だから次の箇所をどう訳すか悩んだ。

Beneath the wind turned wave
Infinite peace
Islands join hands
'Neath heaven's sea.

ピートの詩は、句読点がついた比較的文章構造がしっかりしている詞である。だから感覚的に流されずに、文章構造を捉えて意味を考えることが大切だ。ただ、ここではwaveとinfinite peaceの関係が問題だ。文章的には希望を残すかたちで以下のように捉えた。

Beneath the wind, infinite peace turned wave,
Islands join hands beneath heaven's sea.

精神的に追い詰められていた背景には、バンド内の亀裂もあった。ピートは言っている。

「ボブ(ロバート・フリップ)と私は曲を作っていく中で合わなくなってしまっていたんだ。彼が私に何かを演奏してくれる。私が“違うな、僕はそれはあまり好きじゃない”と言う。それは理解されなかったし、私は代わりとして彼に何か別のものを提示しなかった。」
(「クリムゾン・キングの宮殿」シド・スミス著、ストレンジ・デイズ、2007年)

何とも言えない切なさが迫ってくる。「愛」を信じて、積極的にではなく、流れに身を任せるように、運命に従うように自分を解き放とうとしながら、不安や希望が入り乱れた感情。これまでの自分への決別ゆえか、ある種、レクイエムのようでもある。

ピート・シンフィールドが描いた“アイランズ”が
インナースリーブとして使用されていた。

King Crimson脱退後、ピートはEL&Pのイタリアツアーに同行した際に、PFMを見いだし、イギリスに招いて「Photos Of Ghosts(幻の映像)」をプロデュースする。すべての英詩は彼が提供した。のちのインタビューで、PFMのどんなところに共鳴したのかと問われて、彼はこう言っている。

「まず彼らが高度なテクニックを持っていたところです。しかし多分それ以上に共鳴を得たのは、彼らの持っていた、深淵でいて、そして温かな地中海的な情感に対してであったと思います。そしてそれは私がキング・クリムゾンに関わった最後のアルバムである『アイランズ』で表現しようとしていた感覚でもあるのです。」
「Arch Angel vol.3」(ディスクユニオン、1996年)

4 件のコメント:

  1. この詞に当時のK.クリムゾン内のシンフィールドの立場が表れているという
    TAKAMOさんの指摘におしえられました。
    Touch my island の部分の心情の解釈も、
    なるほどなっとくでした。

    そこで、clutch sailor’s words の個所ですが、
    TAKAMOさんはこれを神経質な船乗りの言葉と訳していますが、
    clutchは動詞、つまり「つかむ」ではないでしょうか。
    つまりquaysがwords-pearls and gourdsをつかむんじゃないでしょうか。

    また、pearls and gourds are strewn on my shoreの行末にピリオドがあるので、
    ここまでがひとくくりの文章で、
    わたしの浜辺にまき散らされる真珠やひさご~言葉を
    つかむという風に私は読みたいんですがどうでしょうか。

    外界から浜に辿りつくものをつかみたいと指を伸ばす、
    つまり、
    外界と手をつなごうという主人公の内に隠された心情、
    TAKAMOさんも指摘した心情が
    clutchの語には込められているように思えますが。

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  2. コメントありがとうございます。ここはイメージとしてどうつながるのか分かりづらいところですよね。
    ただ訳の上ではわたしは単純にclutchをclutchyという形容詞と間違えていました!申し訳ありません。ご指摘の通り「つかむ」という動詞ですね。
    ただし前段がピリオドで文章として切れているので、quaysを主語とするのではなく、命令文として「〜しよう、〜するんだ」という自分への語りかけ、と取ってみました。
    自分が外界とつながりたいという心情には沿ったものになると思います。いかがでしょう。

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  3. この詞はシンフィールドがキング・クリムズン参加以前に地中海に旅行したときの印象を綴ったもので、それにフリップが後から曲を付けた。シンフィールドがクリムズンに提供するために書いた最後の詞は、たしか「プリンス・ルパート・アウェイクス」だったかな?何にしてもアルバム「リザード」が最後で、アルバム「アイランズ」の詞は当時書かれたものではない。

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  4. コメントありがとうございます。なるほどそうでしたか。
    であれば当時のバンド内の人間関係と結びつけて解釈するのはおかしいと言うことになりますね。

    ピート・シンフィールドがもともと持っていた孤独感や疎外感が神秘的な情景を描きつつ現れたものと解釈すべきなのでしょう。
    貴重な情報をありがとうございます!

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