2010年1月23日土曜日

「サルマキスの泉」ジェネシス

原題:The Fountain of Salmacis

Nursery Cryme
(邦題は「怪奇骨董音楽箱」)収録






背が高く薄暗い松林の深い森から
イダ山が孤島のようにそびえ立つ
秘密の洞窟の中で、精霊たちが1人の子どもを守っていた;
彼の名はヘルマプロディートス、神の子でありながら、その愛を恐れていた。

朝陽がゆっくりと空に昇る時
狩人である彼は雌鹿を見つけた
獲物を手にしたい欲望から
彼はそれまで見たことのなかった林間の空き地へと入り込んでいた。

ヘルマプロディートス:
「父よ、どこにおられるのですか?
    あなたの息子であるわたしに知恵をお与え下さい。」

ナレーター:
「すると彼はそこから先へは進めなくなった
    道に迷った今、少年は太陽に導かれていた。」

そして彼の力が尽き始めた時
彼はきらめく湖を目にした。
暗く緑色をした水底にある一つの影が
その不思議な静けさを破った

サルマキス:
「泉の水が乱されました
    そこに住む者も揺り動かされています。」

ナレーター:
「泉の水は乱された
    ナーイアスたちの女王であるサルマキスが揺り動かされたのだ」

彼がのどの渇きを癒そうと駆け出すと
泉のわき水が目の前に現れた
彼の熱を帯びた息が冷たい霧の間をかすめていった。
澄んだ声が告げた、「神の子よ、私のわき水を飲みなさい。」

その水には不思議な甘さがあった。
彼の背後で再び声が響いた。
彼が振り向くと彼女がいた、霧の衣だけを身にまとった彼女が。

サルマキス:
「私たちは一つになるのです。
    私たちは一つに結びつくのです。」

ナレーター:
「彼女は一つになろうと欲していた。
    しかし彼には一つになる気はなかったのだ。」

ヘルマプロディートス:
「僕から離れよ、冷血なる女よ
    あなたの渇きはわたしの渇きとは違う。」

サルマキス:
「わたしたちを離れさせるものなどありはしない。
    わたしの願いを聞いておくれ、あぁ神よ。」

この世のものとは思えない静けさが空から降りてきた
そして二人の骨身は不思議なことに混ざり合っていった
そして永遠に一つの身として結合されたのだった。

その生き物は湖の中へと這い進んでいった。
消えゆく声が聞こえた:
「わたしは願う、そうだ、わたしはこの泉に触れた者が
    わたしと同じ運命となることを願うのだ。」

サルマキス:
「私たちは一つ
    私たちは一つ」

ナレーター:
「二人は今一つとなった。
    半神半人であった者と精霊は今一つとなったのだ。」

二人は持っているものを全て与え合った。
1人の愛する者の夢がついにかなえられたのだ
湖の底で永遠にひっそりと


両性具有:雌雄両方の組織を持つ花;
両方の性を有する人あるいは動物

子どものヘルマプロディートスはヘルメスとアフロディーテの息子であり、秘密の愛が残したもの。このような理由から、彼は人里離れたイダ山の精霊たちに預けられ、精霊たちにより彼は森に暮らす野性的な人間として育つ。水の精霊サルマキスと出会った後、彼はその水に呪いをかけた。伝説によれば、その水を浴びた者はすべて両性具有者となったという。


From a dense forest of tall dark pinewood,
Mount Ida rises like an island.
Within a hidden cave, nymphs had kept a child;
Hermaphroditus, son of gods, so afraid of their love.

As the dawn creeps up the sky
The hunter caught sight of a doe.
In desire for conquest,
He found himself within a glade he'd not beheld before.

Hermaphroditus:
'Where are you, my father?
Give wisdom to your son'

Narrator:
'Then he could go no farther
Now lost, the boy was guided by the sun'

And as his strength began to fail
He saw a shimmering lake.
A shadow in the dark green depths
Disturbed the strange tranquility.

Salmacis:
'The waters are disturbed
Some creature has been stirred'

Narrator:
'The waters are disturbed
Naiad queen Salmacis has been stirred'

As he rushed to quench his thirst,
A fountain spring appeared before him
And as his heated breath brushed through the cool mist,
A liquid voice called, 'Son of gods, drink from my spring'.

The water tasted strangely sweet.
Behind him the voice called again.
He turned and saw her, in a cloak of mist alone
And as he gazed, her eyes were filled with the darkness of the lake.

Salmacis:
'We shall be one
We shall be joined as one'

Narrator:
'She wanted them as one
Yet he had no desire to be one'

Hermaphroditus: 'Away from me cold-blooded woman
Your thirst is not mine'
Salmacis: 'Nothing will cause us to part
Hear me, O Gods'

Unearthly calm descended from the sky
And then their flesh and bones were strangely merged
Forever to be joined as one.

The creature crawled into the lake.
A fading voice was heard:
'And I beg, yes I beg that all who touch this spring
May share my fate'

Salmacis:
'We are the one
We are the one'

Narrator:
'The two are now made one,
Demi-god and nymph are now made one'

Both had given everything they had.
A lover's dream had been fulfilled at last,
Forever still beneath the lake.

Hermaphrodite: a flower containing both male and female organs;
a person or animal of both sexes.

The child Hermaphroditus was the son of Hermes and Aphrodite, the result of a secret love affair.  For this reason he was entrusted to the nymphs of the isolated Mount Ida, who allowed him to grow up as a wild creature of the woods. After his encounter with the water-nymph Salmacis, he laid a curse upon the water. According to fable, all persons who bathed in the water became hermaphrodites.

紫文字は歌詞カードにはあるが、実際には歌われていたない部分
   なお「ナレーター」の部分はリードボーカルの後ろでコーラスのかたちで歌われている

【メモ】
ジェネシスの作品中で最も怪奇幻想色の強い、ある意味一番ジェネシスらしさが詰め込まれた傑作「Nursery Cryme(怪奇音楽骨董箱)」から、ラストを飾るシンフォニック大曲である。冒頭から押し寄せるメロトロンの波が圧倒的。そして劇的に語られるのは湖の精サルマキスに襲われるようにして一体化(両性具有化)されてしまうヘルマプディートスの物語である。

タイトルの「Salmacis」は英語読みでは「サルマシス(sǽlməsəs) 」となるので、「サルマシスの泉」と訳しても良いと思うが、日本では「サルマキス」と呼ばれているようなので、そちらにタイトル及び訳中の読みも統一した。また歌詞中の「Naiad」はギリシャ神話で「ナーイアス」と呼ばれる、川、泉、湖に住む水の精のこと。

そして歌詞とともに掲載されている解説に出てくるヘルメスとアフロディーテは共にギリシャ神話に登場する神で、前者が有翼の帽子と有翼のサンダルを身につけて描かれる商業・科学・奸智・弁舌・窃盗・旅行者などの神、 後者が愛と美の女神。それぞれローマ神話ではマーキュリーとヴィーナスに当たる。

歌詞は非常に叙述的に淡々と物語を綴っていく。サルマキスが神に願いつつ強引にヘルマプディートスと一体化するくだりは、さすがに詩的で神秘的な描写となっているため、全体的にもソフトな印象を受ける。しかしサルマキスの「We shall be one / We shall be joined as one.」の部分は、サルマキスの強い意志、というか情欲を感じさせるところなので、「shall」は単純未来ではなく、「強い意向熟慮の上での判断として、どうしても、どんなことがあっても]…する」という意味を持つと考えられるだろう。

原詞中に記された「話し手」はもちろん歌の中でいちいち断りが入るわけではないので、こうして原詞を見ることで、より会話の流れが明確になる。湖の女性が「サルマキス」という名であるということも、歌だけ聞いているとわからない。それは文化的背景の違いであり、イギリス人なら誰でもわかるのだと言われればそうなのだろうけれど。

そして面白いのは歌詞カードの原詞には、歌われない「Narrator(語り手)」パートがわざわざ加えられていることだろう。

ここでの「Narrator」の効果は大きく考えて二つあると思われる。一つは直前の言葉や内容を第三者的に繰り返すことで、その言葉の印象を強めること。この強調効果は、語られた内容を、第三者的に語り直すことで、単なる話者の言葉ではなく、事実であるという重みが加えられることからも得られる。

もう一つの効果は、ト書き的情景描写に二人の登場人物の会話、そしてナレーターという、演劇的な世界作られること。まさに演劇的要素の強かった当時のジェネシスらしい。これはトータルに見た時に、アルバム最初の「The Musical Box」のようなナーサリー・ライムの「物語る」イメージとも呼応し、アルバム全体の寓話的神秘的カラーがより強められることになるように思う。

この件でコメント(メール)をいただき、リードボーカルの裏でコーラスのかたちでナレーション部分も歌われているとのご指摘をいただいた。確かに良く聴くとボーカルと微妙に異なるナレーション部分が背後から聞こえてきた。聴き落としておりました、ご指摘ありがとうございました。

以後のアルバムに比べれば演奏は多少拙いけれども、テクニックではなく様々な表現方法で聞かせる個性の強い奥の深い本作品。そのラストを飾るにふさわしい、見事なアンサンブルによる、雄大で神秘的でちょっと不気味な雰囲気が漂う名曲である。

ちなみにリック・ウェイクマンが抜けパトリック・モラーツが後任として決まるまでに候補として名前が挙がって、その後「炎のランナー」の映画音楽で一躍有名になったギリシャのミュージシャン、ヴァンゲリス・パパサナシューは、ソロになる以前の1974年に「666」というプログレッシヴ・ロック的にも重要な作品を「アフロディテズ・チャイルド(Aphrodite's Child)」というバンドで残している。このバンド名「アフロディーテの子供」って、もしかしてこのヘルマプディートスのことか、とチラッと思ったのであった。まぁ、アフロディーテの子どもは多いらしいので、それはないか。むしろ自分たちのバンドのことをそう呼んでいたということかもしれない。余談でした。

2010年1月8日金曜日

「デブでよろよろの太陽」ピンク・フロイド

原題:Fat Old Sun

■「Atom Heart Mother
(邦題は「原子心母」)収録






空に浮かぶあのデブでよろよろの太陽が沈む時
夏の宵の鳥たちが呼び起こす
ある夏の日曜日 そして一年
耳に残る音楽の響きを
遠くから聞こえるベルの音、刈られたばかりの草がとても良い匂い
川辺で両手を持って
僕を抱き起こして そしてまた寝かしておくれ

そしてもし君が何か目にしても、音を立てちゃダメだよ
足を引きずらないようにして歩くんだ
そして暖かな夜のとばりが降りるとき
もし君がとても不思議な深い音を耳にしたなら
そうしたら僕に歌っておくれ、歌っておくれよ…

空に浮かぶあのデブでよろよろの太陽が沈む時
夏の宵の鳥たちが呼び起こす
耳に残る子供たちの笑い声を
最後の陽の光が消えていく

そしてもし君が何か目にしても、音を立てちゃダメだよ
足を引きずらないようにして歩くんだ
そして暖かな夜のとばりが降りるとき
もし君がとても不思議な奥深い音を耳にしたなら
そうしたら僕に歌っておくれ、歌っておくれよ


When that fat old sun in the sky is falling
Summer evening birds are calling
Summer sunday and a year
The sound of music in my ears
Distant bells, new mown grass smells so sweet
By the river holding hands
Roll me up and lay me down

And if you see, don't make a sound
Pick your feet up off the ground
And if you hear as the warm night falls
A silver sound from a tongue so strange,
Sing to me, sing to me...

When that fat old sun in the sky is falling
Summer evening birds are calling
Children's laughter in my ears
The last sunlight disappears

And if you see, don't make a sound
Pick your feet up off the ground
And if you hear as the warm night falls
The silver sound from a tongue so strange
Sing to me, sing to me


【メモ】
ピンク・フロイドの出世作と言っていい「Atom Heart Mother(原子心母)」から、LPではB面に置かれていた小曲集の中の一曲。ロジャー・ウォーターズの「if」、リック・ライトの「Summer '68」と続いて、3曲目のこの曲はギターのデイヴ・ギルモアによるもの。

「君」と一緒にいる「僕」が語る、とても幸福な瞬間を歌った歌だ。それも他愛ない時の流れの中の一瞬に感じる幸福感。夏のギラギラとした陽射しを放つ蒸し暑くけだるい雰囲気を表現した「デブでよろよろの太陽」と表現がまず印象的。その暑さにちょっとウンザリしつつも、イライラしているわけでもなく、けだるさに身を任せてリラックスしている雰囲気が漂う。

その太陽も今沈もうとしている。シェークスピアが「真夏の夜の夢(A Midsummer Night's Dream)」を書いたように、夏の夜はまたどことなく不思議な時間でもある。

文法的には「When...falling」で切れて「太陽が沈む時」とし、「夏の宵の鳥たちが思い出させてくれる(calling)」と解釈した。その内容が以下に続くこと。

「僕」と「君」はおそらく恋人同士で、知り合ったのは一年前の夏。二人して草の上で横になっていると遠くから聞こえてくるのは教会の鐘(church bells)の音か。あるいは牛たちの鈴(cowbell)の音かもしれない。草の匂いもする。とても感覚的な刺激が並ぶ。視覚、聴覚、嗅覚。

「roll me up and lay me down」は、両腕を持って寝ている状態から引き寄せるように上体を起こし、また倒れるままに寝かせるような動作じゃないかと思う。引っ張り合いっこ。他愛ないスキンシップ。でも「roll」には性的な意味もあるから、そうしたイメージも重なる。

そしてもし「君」が「the silver sound from a tongue so strange」を耳にしたら、歌っておくれと「僕」は「君」にお願いする。わかりづらい部分であるが、「have a silver tongue(雄弁である)」という表現がある。この表現に引っ掛けているんじゃないかと思うのだ。

「雄弁」というのは「多弁」ということではない。言葉にしなくても多くのことを物語っているということだ。だから「様々なことを物語るとても不思議な音」といった感じか。それでは長過ぎるので、短く「不思議な奥深い音」としてみた。

こうして夜になっても二人のリラックスした時間、二人だけの親密な時間は続いていく。いや昼間の「デブでよろよろの太陽」が消えることで、さらに深まっていくのだ。

あらためて音や歌詞を見てみると、最新ソロアルバムの「On an Island」の世界に近いことに気づく。何とも言えない夢幻的な日暮れ時の心象風景を切り取った名曲である。