2010年2月4日木曜日

「ジ・オンリー・シング・シ−・ニーズ」U.K.

原題:The Only Thing She Needs

(邦題は「デンジャー・マネー」)収録






真夜中のミサ、黄色い月
驚きの思いが僕の部屋の窓から外へと歩み出す
そこでは彼女は不思議な曲を歌っている
思いがけないほどの、豊かで素晴らしいその声

今空は晴れ渡りつつ
彼女の水晶のように澄んだ瞳に浮かび上がる
夫に顧みられないで待ち続けている妻たちが彼女の前に現れる
彼女に身のほどを思い知らせようとして

彼女が探し求めているものは
これこそ自分に必要だと思える何かなのだ

純真に見つめている
彼女の求める望みを
それは算数の勉強やMGBの店やその時々の流行以来 最高のこと

今空は晴れ渡りつつ
彼女の水晶のように澄んだ瞳に浮かび上がる
夫に顧みられないで待ち続けている妻たちが彼女の前に現れる
彼女に身のほどを思い知らせようとして

彼女が探し求めているものは
これこそ自分に必要だと思える何かなのだ


Midnight Mass, a yellow moon
Wonder walked from my window
Now she sings a different tune
Golden tones, out of the blue

Now the sky is clearing
Looking through her crystal eyes
Waiting Widows loom before her
Cutting her back down to size

The thing she's searching for is
THE ONLY THING SHE NEEDS

Gazing in simplicity
Toward ambitions that she craves
The best thing since Arithmetic
MGB's and current raves

Now the sky is clearing
Looking through her crystal eyes
Waiting Widows loom before her
Cutting her back down to size

The thing she's searching for is
THE ONLY THING SHE NEEDS
 
 
【メモ】
イギリスのスーパーバンド、U.K.のセカンドアルバム「Danger Money(デンジャー・マネー)」から、曲の難易度の高さやインストゥルメンタルパートの充実度で、アルバム収録曲中でもプログレッシヴ・ロック的な完成度の高い「The Only Thing She Needs」である。LPではA面ラストを飾っていた。

エディー・ジョブソン(キーボード、ヴァイオリン)、テリー・ボジオ(ドラムス)、ジョン・ウェットン(ベース、ボーカル)のトリオ編成となった、言わば新生U.K.の魅力をあますところなく詰め込んだ、テクニカルながらロックスピリットを失わない、パワフルな曲だ。

しかし歌詞は漠然とした光景を歌っている。「真夜中のミサ」とは大文字にはなっているが、文字通りのキリスト教におけるミサではなく、「集会、集まり」といった感じであろう。ただしある種の宗教的な雰囲気、特別な意志を持って集まってきた人々の集団という雰囲気がそこには感じられる。

「話者」はその集まりに驚きの思いを抱く。その思いは話者を窓辺へと導く。驚きの思いが向けられたその先には「she(彼女)」がいる。「真夜中のミサ」は素晴らしい声で歌を歌っている「彼女」を中心に行われているようだ。
 
「A woman」とか「A lady」とかではなく、いきなり「she」と言っているので、「話者」に取って初めて目にする女性ではないという感じが伝わる。ボーカルがジョン・ウェットンだから、どうしても「話者」は男性という感じがしてしまうから、ならば歌を歌っている「彼女」は、知り合いか、あるいは恋人なのかもしれない。

しかし「話者」にとって、そうやって人々が集まるほどに素晴らしい歌を歌う彼女は、今まで知らなかった姿なのだ。

「話者」が驚き惹き付けられたように、恐らく多くの男性たちが「彼女」の歌声に惹き付けられ、その「真夜中のミサ」に集まってくるのだろうか。第2連で出てくる「widow」は、実際に夫を亡くした「未亡人」という意味の他に、「a golf widow」のように、夫が趣味やスポーツなどに熱中して顧みられない妻という意味もある。

ならば、歌を歌う「彼女」の前に現れる「waiting widows(待ち続ける未亡人たち)」とは、「彼女」の歌に魅かれ自分たちをおきざりにして家を出て行く夫を待ち続けていた、妻たちを指すのではないかと思うのだ。彼女たちの怒りの矛先は歌を歌う「彼女」へと向けられる。そして「cutting her back down to size」しようとするのである。

「cut ... back」は「削減する、縮小する」、「cut down to size」は「(過大評価されている人を)実力相応の評価に下げる、〜の鼻をへし折る、身のほどを思い知らせる」という意味があるので、この2つの表現が合わさったものと考えた。

それでも「彼女」は「自分が必要とする何か」それだけを求めて歌い続けるのだ。

第4連では「Arithmatic(算数)」、「MGB's(MGBの店)」という言葉が出てくる。それらはかつて彼女が「自分に必要」だと思って、一生懸命頑張ってきたものなのかもしれない。Wikipediaによると「MGB(エムジービー)は、イギリスのスポーツカーブランドである「MG」の主要車種の一つで、1962年の発表から1980年の製造終了迄に、全世界に於いてシリーズ全体で実に52万台以上も製造・販売された、2ドア・オープンカーの代名詞存在である。」とのこと。

子どもの頃は熱心に勉強し、次に青春を謳歌し、その後に彼女は自分自身が本当に欲しているものを、純粋な気持ちで見つめようとしている。そして「彼女」は「自分が必要とする何か」を求めて歌い続ける。

不思議な、ちょっと神秘的な光景かと思いきや、意外と現実的な「widows」が待ち構えているような状況。しかし自分自身の本当にやりたいことを求めている彼女を肯定するように、曲調は緊張感をはらみながらも、力強く突き進んで行く。
 
興味深いのは「話者」は「話者」の枠から出ようとせず、彼女を取り巻く状況を見つめ、彼女の気持ちを代弁していることだ。そこに「僕」の存在はあまり感じられない。「僕」と「彼女」の関係にも触れられない。単語的にも「my window(僕の部屋の窓)」という部分で「僕」が一度だけ顔を出すのみで、全体として歌詞は彼女の描写に徹している。

つまり「恋人」かもしれないという可能性を残しつつも、ここには色恋は関係なく、前に進もうとしている彼女を応援しようとするような雰囲気が漂っているのだ。

曲はスリリングなインストゥルメンタル・パートを経て、大団円のようなかたちで幕を閉じる。この前向きさ、力強さは、それまでのU.K.や、さらに遡ったキング・クリムゾンらにはなかったものだ。逆にまた1980年代のポップでポンプな流れとも違う。

歌詞とサウンドの両面で、1970年代後半というこの時期のこのバンドだから生み出せた名曲だと言えるだろう。