原題:Nez Perc'e
■Valley Gardens(幻想の谷間)収録
僕らは多くを求めはしなかった
ネズパース族
昔はよく考えたものだ
手に入れたものすべてについて
僕らの周りに広がる広大な土地
でも今僕にはとてもよくわかる 彼らがどれほど多くを奪い
手をひるがえすように恩を仇で返したかを
ネズパース族よ
今あなたたちはどこにいるだ
もういなくなってしまったのか?
僕らは多くを求めはしなかった
僕らは質素な生活を送っていた
僕らは風のように自由に生きていた
僕らが学ぶことすべては大地に根ざしていた
僕らの生き方は季節が決めていたのだ
ネズパース族よ
今あなたたちはどこにいるだ
もういなくなってしまったのか?
ネズパース族よ
生き方を変えるか
あるいは前に進むかを決める時だ
NEZ PERC'E
I used to think a lot
Of all the things we'd got
The open spaces all around us
But now I see a lot of how they take too much
And turn to bite the hand that feed us
Nez Perc'e
Where are you today
Are you gone?
We did't ask a lot
We lived a simple life
And like the wind my people drifted
And everything we learned related to the earth
The seasons ruled our way of living
Nez Perc'e
Where are you today
Are you gone?
Nez Perc'e
Time to change your ways
Or move on.
【メモ】
フォーク&カントリータッチなシンフォニック・ロックという、独特のサウンドが魅力のイギリスのバンドウォーリー(Wally)のセカンド・アルバムからの一曲。タイトルの「Nez Perc'e」とは、アイダホ州の中部からワシントン州、オレゴン州にわたって住む北米先住民のネズパース族のこと。「Nez Perce」とも書く。
確かにブリティッシュ・バンドでありながら、カントリー風なサウンドやインナースリーヴに描かれたネイティヴ・アメリカンの絵など、古のアメリカへのこだわりを思わせる部分があちこちに感じられるが、バンドやアルバムに対するロマンティックなイメージに反し、ここでは意外とシリアスな問題を扱っている。
歌詞はネズパース族の末裔としてアメリカに生きる者の、複雑な思いが綴られているととらえて良いと思う。第三連が、大地や風と生きていたかつてのネズパース族本来の生活なのだ。金脈が発見されたことで“開拓者”によって住む地を追われ、やがて同化政策という名の下にその文化を捨て去るか、あるいは「インディアン自治区」などと呼ばれる「居留地(reservation)」に住まわされることになる悲しい歴史。その歴史の上に「僕」がいるのだ。自分が得た広大な場所とは、この居留地のことだではないだろうか。
一見広大な空間。しかし小さい頃はよくわからなかったそうした状況も、そこに至る経緯も、今の「僕」には分かっている。 自分たちがどれほど多くのものを彼ら“開拓者”に奪われたか。そして“開拓者”や建国初期のアメリカ人が新大陸で生き延びるのに多大な貢献をしてきたにも関わらず、どれほど酷い仕打ちをされるに至ったか。
「わたし」はネズパース族として、その誇りをもう一度取り戻そうとしている。「ネズパース族よ/今あなたたちははどこにいるのだ/もういなくなってしまったのか?」は、自分の内なるネズパース族の血に問いかけているのだろう。
同じようにして最後の連で、自らにこれからの生き方の選択を迫っている。ネズパーズ族としての生き方を変えるのか、それともそもまま前へ進んでいくのかと。「Time to change your ways」は「(It is)time to change your ways」と取り、「It is time to do(〜する時がきた)」と解した。
「幻想の谷間」という邦題や美しいジャケット、そしてロマンティックでファンタジックなサウンド。しかし美しくきれいな夢の世界だけではない現実的な歌詞がそこにはある。
しかし、さらに言えばここではその「ネズパース族」への思いが、怒りや反抗や批判につながるのではなく、かつて大地や風と生きていた生活へのロマンティックでファンタジックな憧憬となることで、アルバム全体のイメージに違和感なく溶け込んでいるとも言える。
2010年に35年ぶりの3rdアルバムを出したWally。その記念すべき年に、インナースリーヴのインディアンの絵の意味がやっとわかったのだった。