2009年11月20日金曜日

「悪の教典 #9 第1印象 パート1」エマーソン、レイク&パーマー


原題:Karn Evil #9 1st Impression-part 1 / Emerson, Lake & Palmer






寒く霧の立ちこめた朝、わたしはある警告が中空に生まれ出るのを耳にした
それは誰もが一時のゆとりも持てないほどの、支配の時代についてのものだった
そこでは寒さの中、種は枯れ果て、もの言わぬ子供達は身を震わせていた
なぜなら彼らの顔は、カネの亡者達の瞳の中に捕われていたからだ。
わたしがそこへ行こう
わたしがそこへ行こう
わたしがそこへ行こうじゃないか。

無言で苦しみ、彼らは皆裏切られたままだ
ヤツらはひどいやり方で、彼らを傷つけ、叩きのめす、
一日の終わりに生き延びることを祈る彼らを。
そこにいる者達への哀れみなど存在しない。

わたしがそこへ行こう
わたしがそこへ行こう
わたしがそこへ行こうじゃないか。

彼らを自由にできる者がいるに違いないのだ:
このような漂白する者たちからその悲しみを取り去り
無力な者や難民達を助け
人として最後に残されたものを守る者が。
わからないのか
わからないのか
わからないのか

わたしがそこへ行こう
わたしがそこへ行こう
わたしがそこへ行こうじゃないか:

彼らの悲しみを癒すために
どうあっても
明日を勝ち取るために

中へどうぞ!やあみなさん!最高に凄いショーを見せてあげるよ
全力でみなさんを楽しませてあげますよ!
中へどうぞ!中へどうぞ!

ご用意したのはスリルと驚き、そして超音速の闘鶏たち。
金槌は箱に仕舞って
中へどうぞ!中へどうぞ!

寄ってらっしゃい!寄ってらっしゃい!さあ寄ってらっしゃい!
ショーを見ておくれ!

鉄格子の向こうに置かれているのは、壷に入った主教たちの首の列
車の内部に仕掛けられた爆弾
凄いよ!凄いよ!

わたしについてくれば特別品をご用意してある
見るも悲しい涙涙
不幸に次ぐ不幸

寄ってらっしゃい!寄ってらっしゃい!さあ寄ってらっしゃい!
ショーを見ておくれ

「ヴォードヴィルの館」で次に出演するのは
現金箱の中のに入ったストリッパー
スリル満点!スリル満点だよ!

そしてそれでもご満足いただけなければ
両手を後ろに回したまま
帽子からイエス様を出して進ぜよう
見ておくれ!見ておくれ!

寄ってらっしゃい!寄ってらっしゃい!さあ寄ってらっしゃい!
ショーを見ておくれ

Cold and misty morning, I heard a warning borne in the air
About an age of power where no one had an hour to spare,
Where the seeds have withered, silent children shivered, in the cold
Now their faces captured in the lenses of the jackals for gold.
I'll be there
I'll be there
I will be there.

Suffering in silence, they've all been betrayed.
They hurt them and they beat them, in a terrible way,
Praying for survival at the end of the day.
There is no compassion for those who stay.
I'll be there
I'll be there
I will be there

There must be someone who can set them free:
To take their sorrow from this odyssey
To help the helpless and the refugee
To protect what's left of humanity.
Can't you see
Can't you see
Can't you see

I'll be there
I'll be there
I will be there;

To heal their sorrow
To beg and borrow
Fight tomorrow.

Step inside! Hello! We've a most amazing show
You'll enjoy it all we know
Step inside! Step inside!

We've got thrills and shocks, supersonic fighting cocks.
Leave your hammers at the box
Come inside! Come inside!

Roll up! Roll up! Roll up!
See the show!

Left behind the bars, rows of Bishop's heads in jars
And a bomb inside a car
Spectacular! Spectacular!

If you follow me there's a speciality
Some tears for you to see
Misery, misery,

Roll up! Roll up! Roll up!
See the show!

Next upon the bill in our House of Vaudeville
We've a stripper in a till
What a thrill! What a thrill!

And not content with that,
With our hands behind our backs,
We pull Jesus from a hat,
Get into that! Get into that!

Roll up! Roll up! Roll up!
See the show!

【メモ】
エマーソン、レイク&パーマー(Emerson, Lake & Palmer)の最高傑作と言われる「恐怖の頭脳改革(Brain Salad Surgery)」から、トータル30分近い超大作、「悪の教典#9(Karn Evil #9」より。

この曲は「第1印象」(1st Impression)から「第3印象(3rd Impression)まである。ボーカルが入るのは「第1印象」と「第3印象」のみ。そして「第1印象」は「パート1」と「パート2」に分かれる。今回はその「第1印象 パート1」である。

しかし曲の流れや歌詞の内容から見ると、当時のLPの収録時間の関係から「第1印象」を2つのパートに分けざるを得なかったような感じで、一続きのものと見ることができる。むしろこの「第一印象」の「パート1」の中で、詩的な世界は2つに別れており、その後半と「パート2」がつながっている。

さてではその「第1印象」は「パート1」であるが、前半はどちらかと言うとシリアスな内容で、「わたし」が聴いた警告について語られる。

中空に突然現れたその警告とは、人々が支配され続け、種は枯れ果て、子供達は震えている時代が到来するというものだった。

「jackals for gold」 の部分は、gold=moneyとし、jackalに「悪者、詐欺師、卑しい奴」などの意味があることから、「金の亡者」と思い切って訳してみた。「lens」は目の水晶体のことを指すため、「金の亡者の瞳の中に捕らえられて」としたが、つまり彼らの監視下、管理下でということであろう。

そして「わたし」は「そこへ行こう」と“宣言” する。何回も繰り返される「I'll be there」という言葉には、一種の使命感のようなものさえ感じられる。聴こえたのは「警告」である。人々が裏切られ、ひどい仕打ちに明日をも生きられるかわからないような時代の到来の幻視だと言ってもいいかもしれない。いや、現在形で描かれたその支配の時代は、すでに始まっているのかもしれないのだ。

「わたし」はそうした人々を救うため、そこへ行くと断言しているのである。人々が人間らしくあるという最後に残された部分を守るために。

「To beg and borrow / Fight tomorrow」の部分は、「beg, borrow or steal」が「どうやっても手に入れる」という意味の熟語であるところから、「To (beg and borrow) fight tomorrow」と考え、「(どうあっても)明日(=未来)を勝ち取るために」と解釈した。

さて後半は打って変わって、見せ物小屋の呼び込みのような内容となる。「さあいらっしゃい、いらっしゃい!見てってよ、面白いよ!」という感じだ。見せ物自体も高度で高尚なパフォーマンスではなく、低俗で悪趣味な、いかにも“見世物小屋”的な呼び込みがされている。

ただし、演奏面では激しく疾走するアンサンブルが緊張感を高めていく。ボーカルにも演奏にも下品さは微塵もない。むしろ勇壮ですらある。

するとこの呼び込みも、少し違った印象を持つようになる。つまり管理され抑圧された人々とは正反対の、非常に世俗的、言い換えれば人間的な世界への誘いである。ショーを見ればスリルとショックを味わえ、「Spectacular(劇的な)」体験ができる。あるいはまた悲しみの涙を目にすることも、「帽子からイエス様を取り出す」ことまで見せちゃうよと言う。

そこには感情の動きや、くだらない面白さがある。抑圧からの解放がある。それはつまり「わたし」が「そこに行く」ことで、人々の自由を取り戻そうとする、前半部分の歌詞に、実はつながっているのだ。

ちなみに曲タイトルの「Karn Evil」の「Karn」という単語は英語にはない。造語である。Wikipediaによれば、これは「carnival」をもじったものだということが1996年に発売された再発版のライナーノートに書かれていると言う。 「carnival」とはキリスト教カトリックにおける謝肉祭を意味するが、アメリカではまさしく巡業見世物、移動興行を意味する。

つまりこの「悪の教典」は、実はこの見世物小屋に託した、猥雑さを含めた人間らしさの肯定とそれを守る(protect)ことに、主題が置かれているのではないかと思われるのである。

それはパート1とパート2合わせて13分を越える「第1印象」のほとんどが、この呼び込みにあてられていることからも察せられる。

さてパート1の後半部分を引き継ぐパート2では、どのような展開が待っているであろうか。

1 件のコメント:

  1. 小説の悪の教典に共通してるものがある気がする

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