ラベル Pink Floyd の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Pink Floyd の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012年4月8日日曜日

「狂人は心に」ピンク・フロイド

原題:Brain Damage
 





狂人が芝生の上にいる
狂人が芝生の上にいる
色々な遊びにヒナギクの花輪に笑い声を思い出しながら
いかれたヤツらを小道にとどめておかなければならないのだ
 
狂人が入口の広間にいる
狂人たちが僕の家の入口の広間にいる
新聞がその折り畳まれた紙面を床につけている
そして毎日新聞配達少年が次の新聞を運んでくるんだ

そしてもしダムが思っていたより何年も早く決壊するなら
そしてもし丘の上に居場所がなくなって
そしてさらにもし君の頭が暗い予感で爆発するとしたら
僕は君と月の裏側で会おう

狂人が僕の頭の中にいる
狂人が僕の頭の中にいる
君はナイフを振り上げ、変えていく
君は僕が正気になるまで僕を作り直す
 
君はドアにカギをかけ
そのカギを放り捨てる
僕の頭には誰かがいるんだけど
それは僕じゃないんだ

そしてもし雲が破裂し、雷が君の耳の中で轟いたら
君は叫び声を上げるけど誰もそれを聞いていないかのよう
そしてもし君のバンドが違った曲を演奏し始めたら
僕は君と月の裏側で会おう

The lunatic is on the grass
The lunatic is on the grass
Remembering games and daisy chains and laughs
Got to keep the loonies on the path

The lunatic is in the hall
The lunatics are in my hall
The paper holds their folded faces to the floor
And every day the paper boy brings more

And if the dam breaks open many years too soon
And if there is no room upon the hill
And if your head explodes with dark forbodings too
I'll see you on the dark side of the moon

The lunatic is in my head
The lunatic is in my head
You raise the blade, you make the change
You rearrange me 'till I'm sane

You lock the door 
And throw away the key
There's someone in my head
But it's not me

And if the cloud bursts, thunder in your ear
You shout and no one seems to hear
And if the band you're in starts playing different tunes
I'll see you on the dark side of the moon

【メモ】
まずタイトルであるが、「brain damage」は「脳損傷」と訳され先天的/後天的原因から脳に機能障害が生じている場合に使われる医学的な用語である。もっとも医学的な定義に則って使っているというわけではないと思われる。大事なのは「damage」という言葉な気がする。つまり本来の姿ではなく損傷・ダメージを受けたという、被害者的視点がここにはあるように思うのだ。

それに対し歌詞に見られる「lunatic」はもっとくだけた言い方であり、人の精神状態は「luna(月)」の満ちかけに影響されると考えられたところから生まれた「lunacy(精神異常、狂気)」の派生語である。悪意はなくふざけて使う場合やエキセントリックな行動をする人を指す場合など、医学的定義よりも広い概念として使われる。同様な言葉に「moonstruck(月に襲われた→精神異常の)」がある。

さらにこれも歌詞中に現れる「loonies(単数形はloony)」はもっと軽蔑的・差別的な言い方である。

ということを念頭に置きつつ、歌詞を順に見ていきたい。
いきなり「the lunatic」が登場する。「the lunatic」は「grass」の上にいる。後に「path」という言葉が出てくるので、イメージとしては芝生の庭じゃないかと思う。欧米の家に見られるような、道路から家の門まで緑の芝生の中に伸びたアプローチという感じだ。「the lunatic」は恐らく子どもの頃の無垢な思い出に浸りながら、芝生の上で監視しているのではないか。「loonies」が「path」から外れて勝手に動き回らないように。「loonies」は「the lunatic」からみた「狂った人々」である。

ではなぜ、そして何を監視しているのか?それは彼が何をしようとしているかが後半で述べられるので、そこで検討したい。

第二連では「the lunatic」は玄関広間にいる。つまり建物の中である。さらに「the lunatics」と複数で呼ばれたりしている。ただ複数形になるのはこの第二連での一回だけである。これはどう考えれば良いだろうか。

「the lunatic」は第一連では芝生の上にいる。第二連では玄関ホールにいる。これを家の外から中に入ってきたと取ることもできるだろうし、家の外にも玄関ホールにもいる、と捉えることもできるかもしれない。では「the lunatic」は大勢いるということなのだろうか。しかし僕が「月の裏側で会おう」と言っている相手は一人な気がするのだ。第三連では「your head」と単数形で相手を描写しているからだ。

これは「一人の人物があちこちにいる」という状況なんじゃないかと思うのだ。あるいはあちこにち「一人のlunatic」を感じると言い換えても良い。建物の外と中だけではなく、建物の中にもあちこちに「the lunatic」の存在を感じているのではないかと思うのである。

その建物の中は「paper(新聞)」が散乱、あるいは堆積している。「their folded faces to the floor」とは、折り畳まれたまま広げられることなく床に落ちている様を描いたものだろう。つまり「僕」はすでに社会との関係を絶っているような状態だということがわかる。その引き蘢った世界に「the lunatic」は入ってこれるのである。

だからと言って「僕」が「the lunatic」を恐れているとか、「the lunatic」によって「僕」がこんな状態になってしまったんだというような感情は感じられない。「the lunatic」は恐怖の対象でも、怒りや不安の対象でもなく、ただそこにいることが当たり前のような存在として描かれている。

そして第三連。「もしダムが思っていたより何年も早く決壊するなら」からは、いずれ自分の身に降り掛る、恐らく精神的な崩壊について触れていると思われる。「丘の上に居場所(避難場所か?)は」ないのだから、逃げ切れない・避け切れない状況である。そしてもし「君の頭が暗い予感で爆発する」のならと続くが、ここでは追いつめられた状況を「And if 〜」で繰り返しながら畳み掛けているので、逆に「君」が最後の頼みの綱であることがわかる。その頼みの綱さえ失われたならば、「僕は君と月の裏側で会おう」と僕は言う。これはどういうことだろう?

その前に「the lunatic」と三人称で呼んでいた人物が、この連で「your」「you」と二人称で呼ばれるようになる。これは同じ人物を客観的に描写していたのが、心情的に接近し、呼びかけに近い状態になったと解釈した。つまり対象は同じである。そしてその「the lunatic」が最後の頼みの綱、つまり自分の“味方”であることがこの連からはわかったわけだ。精神的に崩壊し、そこから逃れるすべを失った「僕」は、「the lunatic」と同じ存在になる。その住処は「the dark side of the moon(月の裏側)」である。だから「僕」はそこで「君」に会えるようになるのだ。つまり共に狂気の世界の住人となるのである。

第四連で「the lunatic/you」と「僕」の関係がさらに明確になる。「the lunatic」は「芝の上」から「玄関フロア」を経て、「僕の頭の中」にもいることがわかる。そして「blade(ナイフ)」を振り上げ「僕」を変えようとしている。それは「僕」が「正気」になるまで行なわれる再編(rearrange)作業なのだ。

つまり「the lunatic」はすでに社会から引きこもり、「insane(正気でない)」状態に陥りつつある「僕」を、何とか救おうとしてくれているのである。だから「僕」は「the lunatic」に恐怖も不安も怒りも感じていないのだ。だって「僕」の「insanity」の原因は「the lunatic」ではないのだから。

ここで第一連の「the lunatic」が足止めさせている「loonies(いかれたヤツら)」が思い出される。これは医学的にどうこうというのではなく、蔑称である。とすれば「僕」に精神的なストレスをかけてくる人間たち全般を指しているのではないかと思うのだ。つまり「the lunatic」が「loonies」から「僕」の精神状態が崩壊しないように、「僕」を守っているという構図である。「the lunatic」を擬人化された表現だと取れば、自分の中の狂気を解き放つ、あるいはその存在を認め受け入れることで、社会的なストレス/理不尽な人間のもたらすストレスに押しつぶされそうな状況に耐えているということである。

その「the lunatic」はドアにカギをかけ、そのカギを捨て去る。つまりドアが二度と開かないようにするのだ。それは「僕」の中心部に「loonies」が押し寄せて、「僕」が「insane」になってしまわないように、であろう。しかしすでに「僕」の頭には、「僕」意外の誰かがいるのである。つまり「僕」という人格の崩壊が始まっているのだ。

最終連は第三連と同じく、防衛線が突破された状況が描写されている。その時「僕」を守ろうとしていた「君」も叫び声を上げるが、誰もそれを聞いていないように見える。「君」の敗北と「僕」の崩壊は、周りからは気づかれないのである。そしてともに狂気の世界の住人として、月の裏側で再び会うのである。

さてここで、狂気について触れるとしたら避けて通れないであろうシド・バレットの存在を、この歌詞に当てはめてみたいと思う。「the lunatic」はシドではないか?という仮定で、内容を再考してみるのだ。

シドは文字通り「the lunatic」な存在となっていた。そこに親しみや「夢想家」的なプラスのイメージを含められる点で、「loony」ではなく「insanity」でもなく「lunatic」だと言えるだろう。「僕」を作詞者ロジャー・ウォータズだと仮定すれば、「僕」は「君」が「lunatic」になっていく過程を知っている。それはもちろん直接的にはドラッグによるものだったろうが、ドラッグに走らせたのは社会的なストレスだったはずだ。スターになったがゆえの音楽業界的ストレスも少なくなかっただろう。回りの期待に応えようとして与えられたイメージの中で精一杯役割をこなすことの苦しみ。そこにはloonyたちが大勢いたはずだ。

そのシドの思い出は「僕」の生活のあらゆる場面に生き続けている。そしてシドの狂気を認め、否定せず、むしろ共感することで、現実世界のストレスの中で心のバランスを保ち、自分が狂気に陥ることを回避する。それはあたかもシドが犠牲者として、 当時人気が出てきたピンク・フロイドというバンドが自分と同じ運命に陥らないよう導いてくれているかのように。

しかしいつかは自分もシドと同じようになるという思いが「僕(ロジャー・ウォーダーズ)」にはあって、それはそれでシドと再会できると思えるような、受け入れるべき未来の姿でもあるのだ。

この曲は最初「Lunatic」というタイトルだったらしい。しかし「Brain Damage」に変更されたという。やはり「damage」という言葉が重い。この単語が、シドと同じように周りからのストレスによってダメージを受けているという、被害者/犠牲者としての狂気を感じさせるからだろう。

実際にシドをどれだけ意識していたかはわからない。シド=「the lunatic」と簡単に断言することもできないし、実際この歌詞だけを見たところではそういう関連付けができる根拠はないし、その必要もない。

しかし内なる狂気に社会的ストレスに抗する力を見ているところは、この歌詞のスタンスとして重要だし、そうした考え方はシドの存在が大きく関与していたんだろうと推測される。そして逆にそこまで「僕」を取り巻く世界が「僕」を狂わせていくのかということを、実感させる効果も上げているように思われる。

最終連「もし君のバンドが違った曲を演奏しはじめたら」というのも、Pink Floydというシドが作り上げたバンドが、周りからのプレッシャーや圧力で、自分たちのやりたい音楽をあきらめてしまったら、と言っているかのようである。

あるいは事実シド自身がそうだったように、自分のコントロールや状況の把握ができなくなり、バンドが「the lunatics」と化し、あらぬ曲を奏でてしまうことを示しているのかもしれない。

いずれにしてもそれはPink Floydとしての人格の崩壊であり、シドと同じ狂気の世界の住人になることを意味する。幻想的な歌詞でありながら、この一文だけはとてもリアルである。

この曲にはすでに次作「炎(Wish You Were Here)」に連なる世界が提示されているのである。

2011年3月10日木曜日

「ドッグ」ピンク・フロイド

原題:Dogs / Pink Floyd







「犬たち」

クレイジーになるんだ、本当に必要なものを手に入れるんだ。
眠るときも油断しちゃだめだ、街に出た時には、
目をつぶっていてもカモを見つけ出せるようにするんだ。
そして静かに移動し、風下で姿を隠し、
その時が来たら何も考えずに襲いかかるんだ。

そうやってしばらくすれば、やり方の心得に則って動けるようになる

クラブ用ネクタイ、固い握手、
ある種の魅力的眼差しにゆったりした微笑み
欺こうとする相手からは信用されるようにするんだ
そうすれば彼らが見放そうとした時
ナイフを突き立てるチャンスが得られるからさ

片方の目は肩越しに後ろを見ているんだ

わかっているだろ状況はもっと厳しくなる、
歳を取るごとにもっともっと厳しくなっていく
そして最後に荷物をまとめて南方へ高飛びだ
他の寂しい老人同様に砂浜に頭を埋めて隠れるんだ
独りぼっちで癌で死んでいくのさ

自制心を失ってしまったら、

自分がしたことの報いを受けるだろう
恐怖が大きくなるにつれ、
敵意は動きを緩めやがて石になる
もうかつて投げ捨てなければならなかった体重を減らすには手遅れだ
そして落ちぶれ始めたら、もうずぶずぶに溺れていく、孤独の中で
その石に引きずり落とされていく

僕はちょっと混乱しているんだろう

時々僕は自分がただ利用されているだけのように思えてしまうんだ
目を覚ましていなければ、
忍び寄るこの不安を払いのけようとしなければ。
自分の居場所にしっかり立っていなければ
どうやってこの迷路の出口を見つけることができるというんだ?

耳をふさぎ口をつぐみ目を閉じて、ただこう考え続けるんだ

人は皆消耗品で真実の友などいないと。
そうすれば成すべきは勝者を孤立させることだと思えてくるだろう
この世ではどんなことでも実行可能であって
そして誰もが殺人者だと心から信じるようになるだろう。

苦しみに満ちた家に生まれたのは誰だ

ファンにツバを吐かないよう仕込まれたのは誰だ
その男にやり方を教わったのは誰だ
訓練担当者にしつけられたのは誰だ
首輪と鎖をつけられたのは誰だ
賞賛の言葉を与えられたのは誰だ
集団から離れようとしたのは誰だ
家でも部外者に過ぎなかったのは誰だ
最後に虐げられたのは誰だ
電話中に死んでいるのを見つけられたのは誰だ
石の重みに引きずられて沈まされたのは誰だ
 

You gotta be crazy, you gotta have a real need.
You gotta sleep on your toes, and when you're on the street,
You gotta be able to pick out the easy meat with your eyes closed.
And then moving in silently, down wind and out of sight,
You gotta strike when the moment is right without thinking.

And after a while, you can work on points for style
Like the club tie, and the firm handshake
A certain look in the eye and an easy smile
You have to be trusted by the people that you lie to
So that when they turn their backs on you
You'll get the chance to put the knife in.

You gotta keep one eye looking over your shoulder
You know it's going to get harder,
and harder and harder as you get older
And in the end you'll pack up and fly down south
Hide your head in the sand just another sad old man
All alone and dying of cancer.

And when you lose control,
you'll reap the harvest that you have sown
And as the fear grows,
the bad blood slows and turns to stone
And it's too late to lose the weight you used to need to throw around
So have a good drown, as you go down, alone
Dragged down by the stone.
 
I gotta admit that I'm a little bit confused.
Sometimes it seems to me as if I'm just being used.
Gotta stay awake,
gotta try and shake off this creeping malaise.
If I don't stand my own ground,
how can I find my way out of this maze?

Deaf, dumb, and blind, you just keep on pretending
That everyone's expendable and no-one has a real friend.
And it seems to you the thing to do would be to isolate the winner
And everything's done under the sun
And you believe at heart, everyone's a killer.

Who was born in a house full of pain
Who was trained not to spit in the fan
Who was told what to do by the man
Who was broken by trained personnel
Who was fitted with collar and chain
Who was given a pat on the back
Who was breaking away from the pack
Who was only a stranger at home
Who was ground down in the end
Who was found dead on the phone
Who was dragged down by the stone.

 

【メモ】
1977年に発表されたPink Floydのアルバム「Animals(アニマルズ)」から、LPA面のほとんど全てが費やされた17分を越える大作「Dogs(ドッグ)」である。

発売当初の私的な印象としては、率直に言ってPink Floydらしくなくなったな、というものだった。政治批判・体制批判的視点は、それまでの神秘的な音宇宙を体験させてくれるバンドというイメージからは程遠かったし、当時勃興中のパンクに擦り寄ったかのような印象を与えた。また人々を豚・犬・羊に例えるというのも、まさにジョージ・オーウェルの「動物農場(Animal Farm)」のアイデアそのままの凡庸なものに思われた。


さらに「狂気(The Darkside of the Moon)」の成功で、自分たち自身が結果的に“大金持ち”になっているのに金持ちを批判することにも、矛盾というか説得力のなさを感じたものだ。


そしてサウンド的にも実験色・サイケデリック色がなくなり、音の面白さを感じさせてくれるアイデアにも乏しく、ストレートなロックサウンドの印象ばかりが強くて面白みが欠けている気がした。そのDave Gilmourの力強いギターサウンドに魅力を感じ出すのは、もっと後のことだ。


しかし巷で言われているように、本当にこのアルバムは豚・羊・犬をそれぞれ資本家・市民・インテリになぞらえて批判したものなのか。そこがずっと気になっていた。そこで今回、アルバムのメインとも言える一番の大曲の歌詞を、ここで取り上げることにした。


歌詞には「you(おまえ、お前たち)」と「I(僕)」が出てくる。そして「You gotta be crazy」という「you」への語りかけ、あるいはアジテーション的な言葉で曲が始まる。しかし「クレージーにならなければならない」という言葉自体に、逆に追いつめられた感じが漂う。そして第1連と第2連で、社会でうまく立ち回って利を得たり、自分を守ったりする方法が述べられる。


第3連ではその後のことまで触れられている。歳を取ったら南に高飛びしてしまえと。“南海の楽園”に脱出し余生を過ごすイメージだろうか。


ところがそこでもビーチの「砂に顔を埋めて」隠れなければならない。同じようなことをしてやって来た他の寂しい老人と同様に。そして独りぼっちで癌にでもかかって死んでいくのだと。そこには勝者の優越感も明るい未来への夢もない。待っているは癌のような病いで結局は孤独に死んでいく寂しい末路である。


うまく立ち回ったとしても、そこに幸福な未来はない。しかし上手く立ち回るための「自制心を失ったら(lose control)」、自らの「敵意(bad blood)」が大きく膨れ上がり重い石となって自分は凋落していくのだ。やはり孤独の中で。


第5連で初めて「I(僕)」という言葉が出てくる。社会で上手く立ち回っても、それに失敗して凋落しても「孤独」なことに気づいたかのように、あるいは気づかないフリをしていたのに思わず口に出てしまったかのように、「僕はちょっと混乱しているんだろう」と、もう一度気持ちを引き締めようとする。


第6連でも「耳をふさぎ口をつぐみ目を閉じて」と言う。強引に自己をコントロールしようとする姿が目に映る。「人は消耗品であり真実の友などいない」、そして「誰もが殺人者だ」と、まるで自分自身に言い聞かせるかのように、「僕」は再び「you」に語り始める。


しかしここまで来ると、それはすでにそうせざるを得ない状況に追い込まれている「僕」の気持ちの反映であることがもうわかるだろう。決して成功者が成功譚を語って聴かせているわけではないのだ。


「僕」の思いは最後に爆発する。

すべてはここまで自分を殺し他人を踏み台にして生きなければならない社会や環境や背景や、その結果を綴ったものだろう。反語法的な文章と捉えれば、答えはすべて「you」であり、また「I」である。管理され阻害され続けてきた自分たちの社会、あるいは人間として生きることの辛さや理不尽さへの叫びである。

さらに言えば、批判ですらないのかもしれない。この曲の中心は「I」が抱えている大きな疎外感、孤独感なのではないか。“狡猾者への誘い”のようなアジテーションは、その屈折した感情のはけ口に過ぎない。「I」自身がそういったうまい立ち回りをしているかどうかも怪しい。むしろ最後の言葉、「石の重みに引きずられて沈まされた」人物が、一番近いのかもしれない。印象的なイメージである。そしてそれを批判し凶弾する具体的な相手が見えない無力感や苛立ちが、この曲には込められている気がするのだ。


「無縁社会」という言葉を引くまでもなく、人と人との繋がりは薄れ、逆にマニュアル的管理だけが強まっている現代社会。誰もが孤独であるこの世界。このアルバムが発売された1977年当時ロジャー・ウォーターズが抱えていたこの個人的(に思えた)疎外感と孤独感、そして閉塞感は、今誰もが共有する感覚になっている。


Pink Floydの歌詞は「狂気」から現実社会へと向き始めるが、このアルバムは高みから社会を批判するようなものではなく、うまく立ち回って生き抜こうとする人間(これがエリート・ビジネスマンなのか?)をズルい人間、あくどい人間として批判しているわけでもない。「Dogs」が「インテリ層批判」であるという指摘は的外れだと言えるだろう。発売当初に感じていた「単純な社会批判」ではなかったということである。


ちなみに「ファンにツバを吐く」というのは、爆竹を鳴らしリクエストした曲をやるように騒いでいた“ファン”に対して、怒りの限界を越えたウォーターズがツバを吐いたという本アルバム発表後のコンサートの出来事により、現実のことになる。


2010年1月8日金曜日

「デブでよろよろの太陽」ピンク・フロイド

原題:Fat Old Sun

■「Atom Heart Mother
(邦題は「原子心母」)収録






空に浮かぶあのデブでよろよろの太陽が沈む時
夏の宵の鳥たちが呼び起こす
ある夏の日曜日 そして一年
耳に残る音楽の響きを
遠くから聞こえるベルの音、刈られたばかりの草がとても良い匂い
川辺で両手を持って
僕を抱き起こして そしてまた寝かしておくれ

そしてもし君が何か目にしても、音を立てちゃダメだよ
足を引きずらないようにして歩くんだ
そして暖かな夜のとばりが降りるとき
もし君がとても不思議な深い音を耳にしたなら
そうしたら僕に歌っておくれ、歌っておくれよ…

空に浮かぶあのデブでよろよろの太陽が沈む時
夏の宵の鳥たちが呼び起こす
耳に残る子供たちの笑い声を
最後の陽の光が消えていく

そしてもし君が何か目にしても、音を立てちゃダメだよ
足を引きずらないようにして歩くんだ
そして暖かな夜のとばりが降りるとき
もし君がとても不思議な奥深い音を耳にしたなら
そうしたら僕に歌っておくれ、歌っておくれよ


When that fat old sun in the sky is falling
Summer evening birds are calling
Summer sunday and a year
The sound of music in my ears
Distant bells, new mown grass smells so sweet
By the river holding hands
Roll me up and lay me down

And if you see, don't make a sound
Pick your feet up off the ground
And if you hear as the warm night falls
A silver sound from a tongue so strange,
Sing to me, sing to me...

When that fat old sun in the sky is falling
Summer evening birds are calling
Children's laughter in my ears
The last sunlight disappears

And if you see, don't make a sound
Pick your feet up off the ground
And if you hear as the warm night falls
The silver sound from a tongue so strange
Sing to me, sing to me


【メモ】
ピンク・フロイドの出世作と言っていい「Atom Heart Mother(原子心母)」から、LPではB面に置かれていた小曲集の中の一曲。ロジャー・ウォーターズの「if」、リック・ライトの「Summer '68」と続いて、3曲目のこの曲はギターのデイヴ・ギルモアによるもの。

「君」と一緒にいる「僕」が語る、とても幸福な瞬間を歌った歌だ。それも他愛ない時の流れの中の一瞬に感じる幸福感。夏のギラギラとした陽射しを放つ蒸し暑くけだるい雰囲気を表現した「デブでよろよろの太陽」と表現がまず印象的。その暑さにちょっとウンザリしつつも、イライラしているわけでもなく、けだるさに身を任せてリラックスしている雰囲気が漂う。

その太陽も今沈もうとしている。シェークスピアが「真夏の夜の夢(A Midsummer Night's Dream)」を書いたように、夏の夜はまたどことなく不思議な時間でもある。

文法的には「When...falling」で切れて「太陽が沈む時」とし、「夏の宵の鳥たちが思い出させてくれる(calling)」と解釈した。その内容が以下に続くこと。

「僕」と「君」はおそらく恋人同士で、知り合ったのは一年前の夏。二人して草の上で横になっていると遠くから聞こえてくるのは教会の鐘(church bells)の音か。あるいは牛たちの鈴(cowbell)の音かもしれない。草の匂いもする。とても感覚的な刺激が並ぶ。視覚、聴覚、嗅覚。

「roll me up and lay me down」は、両腕を持って寝ている状態から引き寄せるように上体を起こし、また倒れるままに寝かせるような動作じゃないかと思う。引っ張り合いっこ。他愛ないスキンシップ。でも「roll」には性的な意味もあるから、そうしたイメージも重なる。

そしてもし「君」が「the silver sound from a tongue so strange」を耳にしたら、歌っておくれと「僕」は「君」にお願いする。わかりづらい部分であるが、「have a silver tongue(雄弁である)」という表現がある。この表現に引っ掛けているんじゃないかと思うのだ。

「雄弁」というのは「多弁」ということではない。言葉にしなくても多くのことを物語っているということだ。だから「様々なことを物語るとても不思議な音」といった感じか。それでは長過ぎるので、短く「不思議な奥深い音」としてみた。

こうして夜になっても二人のリラックスした時間、二人だけの親密な時間は続いていく。いや昼間の「デブでよろよろの太陽」が消えることで、さらに深まっていくのだ。

あらためて音や歌詞を見てみると、最新ソロアルバムの「On an Island」の世界に近いことに気づく。何とも言えない夢幻的な日暮れ時の心象風景を切り取った名曲である。

2009年9月7日月曜日

「マネー」ピンク・フロイド

原題:「Money」
■「狂気
「The Dark Side Of The Moon」収録






カネ 取り上げるんだ
もっと稼ぎのいい仕事をみつけりゃOKってことさ
カネ そいつは凄いモノさ
現ナマを両手でしっかりつかんで隠しておくんだ
新しい車 キャビア 4つ星最高級の白昼夢だ
自分のフットボール・チームを買うっていうのどうだい

カネ 取り戻すんだ
オレは上機嫌さ ジャック オレの大金に手を出すんじゃねぇぜ
カネ そいつは恍惚ってもんだ
オレには道徳家気取りでたわごとを言う善人なんかいらないぜ
オレは最高級ファーストクラス旅行グループの一員なのさ
仕事用のジェット機なんかも必要かもしれねぇな

カネ それは犯罪だよ
公平に分けるんだよ
でもオレの取り分には触るんじゃねぇ
カネ みんな言ってるぜ
今の世の中の諸悪の根源だとよ
でももし昇給を求めたところで
何ももらえやしなくたって驚きもしねぇだろ

「そうさ...(笑い)オレは間違っちゃいなかったぜ!」
「その通りさ、全く間違ってなんかいなかった!」
「オレは本当に正しかったのさ!」

「そうよ、完璧に正しかったんだよ。あの頭のイカレた老いぼれ野郎ならふらつき回ったあげくにアザをもらうだけだったけどな!」
「どうして誰も何かをしようとしないんだ?」
「その通りだ!」
「どうして誰も何かをしようとしないんだよ?」
「わからねぇよ。そん時はこっぴどく飲んだくれてからな!」
「オレはヤツにこう言っていたんだ。ブツは中にある、2番目の貨物の中からぶんどれるぜとな。ヤツは聞いてきた。何で11番目のじゃねえんだよって。その後オレはヤツに大声で怒鳴りながら言ってやった。何で11番貨物じゃないかって訳をな。強烈な一撃だったんだろう、それで一件落着ってわけさ」



Money, get away
Get a good job with more pay and you'er O.K.
Money it's a gas
Grab that cash with both hands and make a stash
New car, caviar, four star daydream,
Think I'll buy me a football team

Money get back
I'm all right Jack keep your hands off my stack.
Money it's a hit
Don't give me that do goody good bullshit
I'm in the hi-fidelity first class travelling set
And I think I need a Lear jet

Money it's a crime
Share it fairly
But don't take a slice of my pie
Money so they say
Is the root of all evil today
But if you ask for a rise
It's no surprise that they're giving none away


"Yeah... (laughs) I was in the right!"
"Yes, absolutely in the right!"
"I certainly was in the right!"
"Yeah, I was definitely in the right. That geezer was cruising for a bruising!"
"Why does anyone do anything?"
"Yeah!"
"Why does anyone do anything?"
"I don't know; I was really drunk at the time!"
"I was just telling him it was in, he could get it in number two. He was asking why it wasn't coming up on freight eleven. After, I was yelling and screaming and telling him why it wasn't coming up on freight eleven. It came to a heavy blow, which sorted the matter out"


【メモ】


Pink Flyodのモンスターアルバム「The Dark Side of the Moon」から、シングルヒットを記録した曲「Money(マネー)」である。

曲の最後は、このアルバムの特徴となっている、人々のつぶやきが折り重なるようにして消えていく。このつぶやきの部分はLyricWikiを参照させていただいた。

当時も感じたが、シングル・ヒットするほどポップな曲でも歌いやすい曲でもない。かなりダレた感じの7拍子のリズムを主体に、吐き出すようなボーカル。ただし中間部に目の覚めるようなロックスピリット溢れるギターソロが挿まれており、そこだけノリの良い4拍子になるという緩急の際立った構成である。

歌詞の内容は、最後のつぶやき部分とも呼応して、かなり危ない仕事をやることで大金を手にしている「オレ」の話になっているように感じられる。キング・クリムゾンの曲の「イージー・マネー(Easy Money)」、あるいはU.K.の「デンジャー・マネー(Danger Money)」とともに、「わかっちゃいるが、こういう生き方を選んじまったのさ」っていう感じが漂っている曲だ。

ただし歌詞を追っていくと、「オレ」は一匹狼的に動いているアウトローではない。仲間がいて取り分がある。そういう意味ではある種ビジネスライクに割り切っている風ではない。それしか手がないからやってるんだとでも言うような雰囲気が漂う。

それは曲のダレた感じとも共通する。大きなことは言っているが、そこに後ろめたさや卑屈さを感じるのだ。あるいはそれがこの曲のメインであって、大金云々という話はすべて「four star daydream(四つ星クラス最高級の白昼夢)」ではないかと思うくらいだ。

そしてPink Floydらしいのがラストの一文。「賃上げを要求したって何の返答もないさ、驚くにもあたらない」という社会批判。しかしそれは批判というよりは現実認識であって、この文を以て「マネー」が反体制的な曲だというわけでは決してないだろう。

やはり「諸悪の根源」だとわかっていながら、カネを求めざるを得ない、現代社会の有り様や、人間の悲しさ、どうしようもない業のようなものを、シニカルに歌っているのだ。

それが明確な社会批判へと転じるのは「アニマルズ(Animals)」を待たなくてはならない。

2009年6月12日金曜日

「天の支配」ピンク・フロイド

原題:Astronomy Domine / Pink Floyd

The Piper At The Gates Of Dawn
 (夜明けの口笛吹き)収録






ライム色と透明な緑色、二つ目の場面
君がすでに知っている青色との戦い
ふわふわと下降し、戦いの音は
地下の、氷のように冷たい水のあたりで反響する
木星、土星、オベロン、ミランダ、
ティタニア、海王星、タイタン
星々も脅えることがある...

眩い星座達がはためく、キラキラ、キラキラ、キラキラ
バーン、ドカーン、ドカーン
天国への階段はダン・デアをも脅えさせた、そこに誰がいるんだろうと…

ライム色と透明な緑色
音は地下の氷のように冷たい水のあたりで反響する
ライム色と透明な緑色
音は氷のように冷たい水のあたりで反響する
地面の下で


Lime and limpid green, a second scene
A fight between the blue you once knew
Floating down, the sound resounds
Around the icy waters underground
Jupiter and Saturn Oberon Miranda
And Titania Neptune Titan
Stars can frighten...

Blinding signs flap flicker flicker flicker
Blam Pow pow
Stairway scare Dan Dare who's there...

Lime and limpid green
The sounds surrounds the icy waters underground
Lime and limpid green
The sounds surrounds the icy waters
Underground


【解説】
1967年に発表されたPink Floydのファースト・アルバムから、UK盤での最初の1曲である。ちなみにUS盤の最初の曲は「See Emily Play」で、すでにシングルで発売されていた「See Emily Play」は英国盤からは外されている。

シド・バレット(Syd Barret)がリーダーとして、ほとんどの曲を書き、歌い、ギターを弾いて作り上げた、唯一のフルアルバムであり、後のPink Floydとは雰囲気が異なる。しかしこのサイケデリック感や、スペイシーな空間的な広がりはすでに感じられる。ボーカルはギターのシド・バレットとキーボードのリック・ライト。

「天の支配(Astronomy Domine)」は、ドラッグで「シドがトリップした時に見た、惑星間の天空に浮かぶ自分自身をイメージしたも」(「夜明けの口笛吹き[40周年記念版]」ライナーノトより)だと言う。ちなみにタイトルの「Astronomy Domine」は当初「Astronomi Domini – an astral chant」と呼ばれていた(サイト「Astronomy Dominé」より)。「domine」はラテン語で「Load(主、神)」を意味する言葉。すると「神の天文学 - 天界の聖歌」というような意味か。

LSD体験に基づくとなると、明確な意味よりもイメージの連鎖と考えられるが、その連鎖を追いかけてみると、まず第一の場面に青い光に満たされた世界が現れていたらしい。そこに第二の場面として、その青色に戦いを挑むように緑系の色(ライム色と透明な緑色が広がってくる。青も緑も宇宙空間、あるいは天界の色だろうか。その戦いは音を伴っている。音は冷たい地下水が流れる地中で反響するかのように響く。

天空の星々はキラキラと輝きを増し、やがてあちこちで爆発が起こる。「Stairway」は「Stairway to Heaven」と解釈し、天に至る階段を上る、我らがヒーロー(シド・バレットが子どもの時によく読んでいたという)Dan Dareをも脅えさせる、そこには誰かがいるのかと。
ライム色と透明な緑色が青色との戦いに勝ち残る。音は冷たく響き続けている。


オベロンは天王星の第4衛星、ミランダは天王星の第5衛星、ティタニアは天王星の第3衛星、土星の第6衛星の名前だ。第2連の「signs」は「a sign of the zodiac(星座)」と解釈した。

Don Dareは1950年代にイギリスのFrank Hampsonによって創作された「Don Dare, Pilot of the Future(未来の飛行士、ドン・デア)」というSFコミックのヒーロー(右図はWikipediaより)。

宇宙空間での音と光の爆発、コミックヒーローまで登場する超自然トリップ体験。エコーの効いたギター、荒々しいドラム、イコライズされた声、終始流れるオルガン、淡々と歌うボーカル、どれもがコズミックでサイケデリックなサウンドを作り上げている。ラストのボーカルハーモニーが特に美しい。名曲。

なおジャケットは「40周年記念盤」でモノラル・ヴァージョンとステレオ・ヴァージョンの2枚組のもの。ちなみにシドが最終的にミックスを手がけて完成させたのはモノラル盤の方だという。

ちなみに同じ年に、ビートルズの傑作アルバム「サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が発表されている。

2009年5月29日金曜日

「サマー'68」ピンク・フロイド

原題:Summer '68

Atom Heart Mother(原子心母)収録








行く前に何か言うことはいいたいことはないの?
たぶんどんな気分かをはっきりと言いたいんじゃないかな
僕らはこんにちはを言う前にさようならを言っている
君のことを好きですらない;まったく気にもならない
ちょうど6時間前に僕らは出会った。音楽がひどくうるさかった。
君とのベッドから今日僕は出て、まるまる一年をムダにした気分だ
だから知りたいんだ
どんな気分なんだい(どんな気分なんだい)?
どんな気分なんだい(どんな気分なんだい)?

一言も交わさなかった;夜が二人の恐怖心をまだ隠していたから。
時折君は微笑んで見せたけど、どうしてそんなことをしたの?
35度(華氏95度)もある部屋にいるのに僕はすぐに寒さを感じた。
僕の友だちらは太陽の下で横になっている;そこにいられたらよかった
明日はまた別の街だ、そして君のような別の女性。
別の男を迎え入れるために立ち去る前に、時間はあるかい?
どうか教えてくれないかな
どんな気分なんだい(どんな気分なんだい)?
どんな気分なんだい(どんな気分なんだい)?

さようなら君
シャーロッテ・プリングルがもうすぐやって来る
今日はもう何もしたくない


Would you like to say something before you leave?
Perhaps you'd care to state exactly how you feel.
We say goodbye before we said hello.
I hardly even like you; I shouldn't care at all.
We met just six hours ago; the music was too loud.
From your bed, I came today and lost a bloody year.
And I would like to know,
How do you feel (how do you feel)?
How do you feel (how do you feel)?

Not a single word was said; the night still hid our fears.
Occasionally you showed a smile, but what was the need?
I felt the cold far too soon in a room of ninety-five.
My friends are lying in the sun; I wish that I was there.
Tomorrow brings another town, another girl like you.
Have you time before you leave to greet another man?
Just you let me know,
How do you feel (how do you feel)?
How do you feel (how do you feel)?

Goodbye to you,
Charlotte Pringle’s due,
I've had enough for one day.

【解説】

「原子心母」の旧LPのB面に並ぶ小曲の中のリック・ライト作の一曲。ロジャー・ウォーターズがリーダー的にアルバムコンセプトや曲作りに力を発揮し出す前は、リック・ライトもキーボードだけでなく、作曲&ボーカルでもバンドに貢献していた。ポンペイのライヴ映像でも、しっかりボーカル取ってるのがわかる。

さてそのリックの作ったこの曲は、静かなピアノ弾き語り風に始まり、優しく美しいボーカルが印象的な曲。かと思っているとサビのところで一気に盛り上がる。間奏部にはブラスオーケストラまで飛び出す。非常に落差が激しく、ピアノ、アコースティックギター、ブラスオーケストラと多彩な音を、巧みな構成で聴かせる。
ブラスオーケストラが入る直前に、ピアノの音の位置が中央に移動していくあたりに、ピンク・フロイドらしい音作りの魅力も感じられる。

そこで歌詞である。「友だち(My friends)」とは違った生活を送っている「僕」の、虚無的な心を歌った曲。6時間前に出会い、ベッドをともにし、出会いの挨拶もしないうちに、もうさようならという女性との関係を歌っている。

「僕」は「君」のことを好きでも何でもないとまで言う。一言もしゃべらずお互いの恐れは夜の闇が隠してくれた。「君」は時々笑みを浮かべたけど、そんなことして気を遣わなくてもよかったんだ。暑い部屋の中でも「僕」は寒さを感じ、太陽の下で寝転んでいる友だちをうらやんでいる。つまりこの虚無感は出会ってからずっと続いているのだ。後から悔やんでいる訳ではない。

「明日はまた違った街、そして君のような違ったまた別の女性」というのは、ピンク・フロイドのツアーに照らして考えれば、コンサート会場ごとにグルーピー(groupie:ロックバンドの親衛隊、おっかけ)が待っていることを言っているのだろう。ピンク・フロイドと切り離して考えれば、そうした流れ者な生き方をしている「僕」なのだ。

こんなゆきずりな関係を「僕」は虚しく思っている。そして「君はどんな気分なんだい?(How do you feel?)」と相手に問う。君はたぶんどんな気分か言いたいんじゃないかな、と思っている。君はこんな関係を虚しいとは思わないのかい?逆にこんなことでも楽しい一時を過ごせたと喜んでいるのかい?

そう、虚しいとはっきり言って欲しいのかもしれない。あるいは問いただし続けることが、自分が虚しい気持ちでいることの訴えなのかもしれない。しかし答えは得られない。虚しさを逃れるすべは今の「僕」にはないからだろう。

最終連、二行目だがライナーノートには「Charlotte Pringle's due」と記載されている。これとは別にネット上のファンサイトや歌詞サイトでは「Charlotte Pringles too」となっている例もある。


まず「
Charlotte Pringle」とは何の名前かが、この歌詞の中からではわからない。ネット上では「都市の名前」という説もあった。

もし
「Charlotte Pringle's due」ならば、「Charlotte Pringle is due」と、be動詞の部分が短縮形になっている文章だと解釈して、「(次の公演場所)シャーロット・プリングルが待っている」と、毎日のように移動とコンサートに明け暮れていた生活を思わせる一行だと取れる。また「Charlotte Pringles too」で解釈するなら、今滞在している都市に対しても「(Goodby to)Charlotte Pringles too(シャーロット・プリングルの街にもさようなら)」と取ることが出来る。
しかし、
Google Earthで「Charlotte Pringle」を探そうとしたが、該当する場所がないようだった。

次に
「Charlotte Pringle」は女性の名前だと考えてみる。「たぶん次に待っているグルーピーの女性」というネットにあった説に従えば、「Charlotte Pringle's due」ならば「シャーロット・プリングルがもうすぐやってくる予定だ」という感じか。6時間前に会った、おそらく名前もろくに知らない今の女性よりは、フルネームを知っている、親しく長い付き合いであると思われる女性。あるいは「僕」の恋人の名前かもしれない。


「Charlotte Pringles too」で考えると、「さようなら君(Goodbye to you)」に続いて「シャーロット・プリングル、君も(さようなら)なんだね」と、部屋から出て行こうとしている女性を見ている様子か。
しかし「I've had enough for one day.(一日分としては十分なことをやり終えた)」、つまり本当はもう一人にして欲しい。そっとしておいて欲しい。できることなら、友だちと同じように太陽の下で寝転がっていたい。そんな最低な心境なのだ。
いずれにしても、個人名が出てくることで、歌詞全体のリアリティーが一気に上がる効果を持つ一行だと言える。


「バンドの二度目のUSツアーにまつわる曲で、作曲者のリチャード・ライトがあるグルーピーとの出会いのあとに感じた精神的な虚無感について歌っている…(中略)…『68年の夏あ、どこにでもグルーピーがいた』何年も経ったのち、ライトはこう語っている。『彼女たちは専属のメイドみたいに面倒を見に来てくれて、洗濯をして、一緒に寝て、淋病をうつしていた』」


(「ピンク・フロイドの狂気」マーク・ブレイク、

ブルース・インターアクション、2009年)

グルーピーとの生活を歌ったのだとしても、そうした背景とは切り離して一つの曲として聴いてみても、「僕」をとりまく、非常に不安定な生活、心の通わない虚しい出会いを切り取った印象的な歌詞だ。
ブラスオーケストラのドラマティックな音が「僕」の激しい自責に近い気持ちを表しているようでもあり、また一方で、やわらかなボーカルとアコースティックな伴奏が、「僕」がとても優しい思い、優しい目で、相手の女性を見ているような印象を残す。名曲。

2009年5月10日日曜日

「ようこそマシンへ」ピンク・フロイド

原題:「Welcom To The Machine」

■「Wish You Were Here
「炎 〜あなたがここにいてほしい〜」収録
 


わが息子よ、ようこそ、このマシンへようこそ。
どこに行っていたんだい?どこへ行っていたかわかってるから大丈夫さ。
おまえは配管の中にいたんだ、時間をつぶし、オモチャと「ボーイスカウト活動」を与えられて。
おまえはは母親を罰するためにギターを買った、
学校は好きじゃなかった、そして
おまえは誰の道化でもないと知っていたんだ、
だからようこそマシンへ
わが息子よ、ようこそ、このマシンへようこそ
おまえはどんな夢を見ていたんだい?どんな夢を見ればいいか教えてあげたから大丈夫さ。
あまえはあるビッグスターのことを夢見た、彼はスゴイギターを弾いた
彼はいつもステーキ・バーで食事をし、好んでジャガーを乗り回した。
だからようこそマシンへ

Welcome my son, welcome to the machine.

Where have you been? It's alright we know where you've been.
You've been in the pipeline, filling in time, provided with toys and 'Scouting for Boys'.
You bought a guitar to punish your ma,
And you didn't like school, and you know you're nobody's fool,
So welcome to the machine.

Welcome my son, welcome to the machine.

What did you dream? It's alright we told you what to dream.
You dreamed of a big star, he played a mean guitar,
He always ate in the Steak Bar. He loved to drive in his Jaguar.
So welcome to the machine.


【解説】
「炎〜あなたがここにいてほしい(Wish You Were Here)」の旧LPのA面最後の曲である。最初の「狂ったダイアモンド パート1」からSEをはさんで引き続き演奏される曲だ。SEは動力室の中のような規則正しい音。

そして美しいアコースティックギターの音とともに、振り絞るようなデイヴ・ギルモアのボーカル。「ようこそ」といいながら、そこには相手を迎え入れるというより、何か追い詰められたような悲痛な叫びを感じてしまうような歌い方だ。そして感情が落ち着かないようなメロディー。迎え入れているのは誰だ?叫んでいるのは誰だ?

「Welcome my son」と「話者」は呼びかける。キリスト教で信者のことを「Son of God」と言うことがあるので、必ずしも「話者」=「父」が「息子」に語りかけているとは限らない。マシンで人々を救済しようとしている団体の者とも言える。

そしてその団体の「わたしたち(we)」は、「おまえ(you)」がどこへ行っていたかも知っているし、何を夢見るかも教えたのだ。その夢とはビック・スターになる夢。

つまりこういうことではないか。

「私たちは、あなたが抑圧された子供時代を送り、ギターを買うことで母親に反抗しようとしたことも、学校が嫌いで、誰からもバカにされたくないと思っていたことも知っている。だからビッグ・スターになるんだろ?それを夢見ることを教えてあげただろ?贅沢な生活が君を待っているんだぜ。だからマシンへおいで」

細かいことをつべこべと言う母親(ma = mother)ではなく、でっかい夢を語り、わかったような口ぶりで父親のように接してくるこの「話者」は、「夢」を実現させるための音楽業界人であり、machineは音楽業界の売らんがためのシステムと見ることができるのではないか。

そこに「狂気(The Dark Side Of The Moon)」の成功でビッグになりながら、憔悴しきってしまったメンバーの心境が込められているのではないか。自分たちが見た夢の先には、実は苦悩しかなかったことを、ギルモアのボーカルや嵐のように唸るようなリック・ライトのシンセサイザーが示しているように思える。つまり成功したのに追い詰められている自分たちの苦しみを表した歌なのだ。

しかしまたそうした孤独は、単に音楽業界の問題だけではないことも見て取ることが出来る。両親や学校、そして「わたしたち」のような大人によって、押さえ付けられ、抑圧され、何かを常に強制されてきたこれまでの人生に対する絶望、怒り。そうした人々の心に潜む孤独の叫びが、「マシン」を夢想させているのかもしれない。

曲は場所へ移動するようなSEでパーティーが行われているかのような穏やかな騒がしさにあふれている部屋へ到着する。しかし唐突に話し声や笑い声は消えていく。

作詞は後に「The Wall」を作り上げるロジャー・ウォーターズ。「The Wall」の影が垣間見える。
   

2009年4月17日金曜日

「タイム」ピンク・フロイド

原題:「Time」
  


 




カチカチと刻まれる一瞬一瞬が 退屈な一日を作り上げるけれど
お前は何の準備もせずに時間をつぶしムダにする
地元の狭い土地をうろつきながら
誰かか何かが 行くべき道を示してくれるのを待ちながら

太陽の下で横になっていたり 家にこもって雨を見ているのにも疲れ
お前は若く人生は長く、そして今日もまた退屈な一日
そしてある日10年もの歳月がお前を通り越していったことに気づく
誰も いつ走ればいいなんて教えてくれなかったし、スタートのピストルの合図も聞き逃したのだ
 


お前は太陽に追いつこうと走って走って走りまくった、しかし太陽は沈んで行くところだった
そしてまた一周して再びお前の後ろに顔を出すのだ
太陽は相対的に何も変わらず、ただお前だけが年老いていく
息切れは激しくなり、ある日今よりも死がより身近になっているのだ

一年の長さはどんどん短くなり、その時を見つけることは不可能に思えてくる
計画は失敗に終わるか、ページ半分ほどのなぐり書きに終わる
静かな絶望の中で待ち続けているというのが、イギリス方式というわけか
その時は行ってしまった、歌も終わりだ、言いたいことはもっとあるのだが


Ticking away the moments that make up a dull day
You fritter and waste the hours in an off hand way
Kicking around on a piece of ground in your home town
Waiting for someone or something to show you the way

Tired of lying in the sunshine staying home to watch the rain
You are young and life is long and there is time to kill today
And then one day you find ten years have got behind you
No one told you when to run, you missed the starting gun

And you run and you run to catch up with the sun, but it's sinking
And racing around to come up behind you again
The sun is the same in the relative way, but you're older
And shorter of breath and one day closer to death

Every year is getting shorter, never seem to find the time
Plans that either come to naught or half a page of scribbled lines
Hanging on in quiet desperation is the English way
The time is gone the song is over, though I'd something more to say
 


【メモ】
時報を知らせる時計の音の乱打に始まるこの曲は、「狂気」全体で見ても非常にロック的な力強い曲である。パーカッション、エレピ、ギターによる空間を感じさせるイントロから、デイヴ・ギルモアのパワフルなボーカルが始まる。ソウルフルなバックのハーモニーも美しい。

第1連、第2連の歌詞だけ見ると、最初、だらしの無いその日暮らしのような生活を送っている怠惰な「お前」を歌っているようにも思える。しかし第2連の最後で、走り出すタイミングを待っていたことがわかる。「誰もいつ走ればいいか教えてくれなかった」というのは、単純に見れば、何を他力本願なことを言っているのだ、ということになるだろうけれど、そもそも自分で自分の人生を、つまり走り出す時を決めなきゃいけないということ自体「お前」は知らなかったのだろう。だからそこに誰かへの恨みは見て取れない。

 
しかし、その激しいボーカルとギターソロは、何ともやるせない怒りのような感情が見て取れる。それはどこにぶつけていいかわからない怒りである。

そして遅ればせながら「お前」は太陽を追いかけて走った。必死になって走った。しかし追いつくことはできなかった。むしろ周回遅れで追いつかれてしまうくらいだ。そうして何もできないまま年老いて死に近づいていくのだ。「the time」と最終連で2回出てくるのを、「時間」ではなく「その時」、つまり「機会、チャンス」として解釈した。

「お前」はおそらく「わたし」である。今までいったい何をしてきたんだという悔恨の叫びである。しかし、それならどうすればよかったのか、これからどうすればよいかはわからない。まだ言い足りないとしても、それは吐き出したい悔しさの言葉だろう。

この無力感、失望感、自己嫌悪から生まれる怒りは、「Us And Them」でこの世の不条理を見つめる冷静で悲しみに満ちた目とはまた異なる、自分自身に向けられた厳しい目である。

こんなはずじゃなかった、もっと大切な何かがあったはずじゃなかったのかという疑いと悔恨の念、それを活かせなかった自分への怒り。それは「お前」だけのことではなく、誰もが心の中に持っているものかもしれない。